厚生労働省から公表されている「就労支援事業会計の運用ガイドライン」のポイントをまとめてみました。全文は厚生労働省ホームページでご確認ください。
(「就労支援事業会計の運用ガイドライン」:令和3年度 厚生労働省障害者総合福祉推進事業「就労継続支援事業所における就労支援事業の評価と会計処理基準に則した適正な運用にかかる調査研究」)
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🟩1.ガイドライン作成の背景と目的
背景:会計処理の不統一と課題
就労移行支援・就労継続支援A型・B型事業では、社会福祉法人会計基準や就労支援の事業の会計処理の基準に基づき、「福祉事業活動」と「生産活動」を明確に区分することが求められています。
しかし実務の現場では、地代家賃・水道光熱費など共通経費の区分方法に法人間で差があり、同じ費目でも扱いが異なることで、会計処理の不統一が生じていました。
とくにA型事業では、生産活動収支(黒字・赤字)の扱いが経営健全性の評価に直結するため、解釈の違いにより経営状況が正確に比較できない問題がありました。
また、指定基準で義務づけられている必要な会計書類が作成されていない法人も多く見られました。
目的と方向性
本ガイドラインは、こうした課題を解消し、次の3つを目的に策定されました。
- 会計処理の円滑化・均質化
共通経費の按分や人件費区分など判断が分かれやすい処理を標準化。 - 経営指導の適正化
指定権者と法人が会計基準に共通理解を持ち、実地指導での認識差を解消。 - 事業評価の公平・公正化
スコア方式などにおける生産活動収支評価を信頼できる指標に整備。
🟩2.基本的な考え方
(1)就労支援事業会計の定義と目的
就労支援事業会計は、利用者に支払うべき賃金・工賃の額を適正に算出し、その原資となる生産活動の収支状況を明確に把握するための原価管理会計としての性格を持つ特殊な会計です。
就労支援事業所には、生産活動に係る収入から必要な経費を控除した額の全額に相当する金額を利用者に賃金または工賃として支払うことが義務付けられています。「全額配分の原則」
この「全額配分の原則」を確実に履行するために、正確な原価管理を行うことが就労支援事業会計の最大の目的です。
(2)対象事業
- 【強制適用】就労継続支援A型・就労継続支援B型、就労移行支援
- 【任意適用】生産活動を行う生活介護事業
(3)会計区分の基本構造
| 区分 | 内容の概要 |
|---|---|
| 福祉事業活動 | 自立支援給付費・寄附金等の収入、利用者支援や運営事務に必要な費用 |
| 生産活動 | 製品販売・加工賃などの生産活動に係る収入、原材料費・製造費等の生産に直接必要な費用 |
同一事業所で複数の作業(パン製造・清掃・印刷など)を行う場合は、作業種別ごとに区分して採算性を把握します。
🟩3.作成すべき会計書類(社会福祉法人以外の法人)
| 書類名 | 概要 |
|---|---|
| 就労支援事業事業活動計算書(別紙1) | 就労支援事業全体の損益計算書に相当 |
| 就労支援事業事業活動内訳表(別紙2) | 複数事業所を運営する場合の損益内訳 |
| 就労支援事業別事業活動明細書(表1) | 各事業所の生産活動に係る収支明細 |
| 製造原価明細書(表2)・販管費明細書(表3) | 生産活動費用(材料費・労務費・経費等)の詳細 |
| 就労支援事業明細書(表4) | 年間売上5,000万円以下など簡便方式で代替可 |
🟩4.賃金・工賃への配分と積立金
【全額配分の原則と例外】
原則として、生産活動収支(生産活動収入-生産活動に係る経費)の全額が賃金または工賃として利用者に支払われるため、生産活動会計に収支差額(余剰金)は生じません。
ただし、将来にわたり安定的な賃金・工賃の支給や事業の円滑な継続のため、例外的に以下の目的で必要な額を「積立金」として計上し、生産活動収支から除外することが認められています。
- 原則:
生産活動収入-生産活動に係る経費=利用者への賃金・工賃 - 例外(余剰金が出た場合):将来の安定運営を目的とする積立金を計上可
| 積立金の種類 | 目的 | 上限 |
|---|---|---|
| 工賃変動積立金 | 景気変動などにより工賃水準が低下した場合に補填すること填 | 過去3年平均賃金・工賃の50%以内 |
| 設備等整備積立金 | 生産活動に必要な機械器具や車両などの設備を将来更新・導入するために積み立てること | 就労支援事業資産の取得価額の75%以内 |
※取崩時は理事会等の議決が必要。
※積立金の使用と取崩し
積立金(工賃変動・設備等整備)は、目的外利用が厳しく禁じられています。
積立金を取り崩して費用として使用した場合は、必ずその積立金取崩額を、福祉事業活動収益または生産活動収益として計上し、会計の透明性を確保する必要があります。
🟩5.標準的な処理方法
(1)費用の区分
経費は、その支出が福祉サービス提供のためのものか、生産活動のためのものかによって区分されます。
- 生産活動費用:指定基準に定める人員配置基準を超えて、生産活動に専ら従事する職員の人件費、材料費、製造経費等
- 福祉事業活動費用:生産活動に従事しない職員、指定基準内の職員、報酬・加算で評価される職員の人件費、利用者支援や事務運営に係る費用
(2)共通経費の按分
福祉事業活動と生産活動の両方に使用される共通経費は、以下の基準例などを参考に、合理的な基準に基づき按分し、それぞれの会計に費用計上する必要があります。
| 勘定科目 | 按分方法(原則例) |
|---|---|
| 人件費(兼務職員) | 勤務時間割合 |
| 建物賃借料 | 床面積割合(福祉・生産の面積比) |
| 水道光熱費 | メーター等の測定割合/困難な場合は床面積割合 |
| 燃料費・通信費 | 使用高割合/延利用者数割合 |
| 減価償却費 | 資産の利用割合に応じた合理的区分 |
一度定めた按分基準は、継続性の原則により、合理的理由がない限り変更できません。
🟩6.A型事業の赤字対応と経営管理
就労継続支援A型事業では、生産活動収支が赤字の場合、経営改善計画書の提出義務があります。
赤字の継続は認められず、福祉事業活動の剰余金などで補填することが原則です。
安定経営のためには、以下の取り組みが推奨されています。
- 損益分岐点の把握と適正な販売価格設定
- 年度ごとの事業計画・予算の策定
- 月次決算による早期の収支把握と対策実施
🟩7.まとめ
就労支援事業会計は、単なる経理作業ではなく、
**「利用者の賃金・工賃の透明性を守り、事業の継続を支えるための仕組み」**です。
適正な会計処理を行うことで、
- 利用者への公正な賃金支給
- 法人経営の見える化
- 指定権者との信頼関係の向上
が実現します。