はじめに
固定資産の実査とは、法人や企業が帳簿(会計記録)に記載している土地、建物、機械装置、工具器具備品などの固定資産が、実際に企業の管理下に存在し、利用されているかを確認する手続きです。
現金実査が現物の金額を照合するのに対し、固定資産の実査は現物(資産そのもの)の存在と状態、そして帳簿との同一性を照合することが主眼となります。
この記事では、社会福祉法人や企業主導型保育園に特有の事情も踏まえて、固定資産実査の必要性、実務でのポイント、手順をわかりやすく整理します。
本記事は、社会福祉法人会計を専門とする公認会計士・税理士が、法令や厚生労働省、児童育成協会からの通知に沿って、実務で起こりやすい論点を解説しています。
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🏗️ 固定資産の実査とは?
1. 固定資産実査の目的
固定資産の実査は、主に以下の3つの目的のために行われます。
🔹 目的1: 帳簿と現物の同一性の確認(正確性の確保)
最も基本的な目的は、帳簿に記載されている資産と、企業が保有している現物が完全に一致していることを確認することです。
- 記帳漏れの防止: 実際に使用している資産が帳簿に記載されていない(計上漏れ)場合や、逆にすでに除却・廃棄した資産が帳簿に残り続けている(除却漏れ)場合を発見し、正しい残高に修正します。
- 資産の特定: 資産台帳に記載されている名称、取得日、取得価額、設置場所などの情報が、現物の状態と合っているかを確認します。
🔹 目的2: 盗難・紛失・私的利用の防止(保全性の確保)
高額な固定資産の所在を定期的に確認することで、盗難、紛失、または従業員による無断での私的利用といったリスクを早期に発見し、防止します。
🔹 目的3: 資産の現状と管理状況の把握(効率性の追求)
資産が現在どのような状態にあるか、どこで使われているかを確認し、管理体制の適切性を評価します。
- 遊休資産の発見: 使用されずに放置されている遊休資産を発見し、売却や除却、再稼働による有効活用、または会計上の処理(減価償却の停止、除却処理など)を検討するきっかけとします。
- 物理的状態の確認: 資産が老朽化や破損していないかを確認し、適切なメンテナンスや修繕計画の必要性を判断します。
📋 固定資産実査の方法と手順
固定資産の実査は、一般的に「台帳(帳簿)を基にした実査」と「現物を基にした実査」の2つのアプローチで相互に確認しあうことで実施されます。
1. 実査前の準備
🔸 固定資産台帳の準備
実査の対象となる固定資産台帳(個別の資産情報が記載された帳簿)を最新の状態に整理します。
🔸 実査計画の策定
- 実査日時を検討します。経理規程に実査時期を定めている場合には、経理規程が定める時期に実施します。
一般的には決算日、または決算日に近い時期に実施することをお勧めします。
- 実査の対象となる部門、場所、資産の種類を明確にします。
- 実査の実施者(通常は経理担当者や監査担当者など、資産の利用担当者とは別の者)と、立会人を決定します。
🔸 現物への表示(資産タグの貼付)
すべての固定資産には、管理番号(資産番号)を印字した資産タグやシールを貼付しておくことが、実査を効率的に行うための大前提となります。これにより、帳簿と現物を容易に結びつけることができます。
2. 資産実査の主な手順
実査は、主に以下の手順で行われます。
※経理規程または固定資産管理規程に、実査方法などを定めいる場合には、規程に定める方法により実施してください。
| 手順 | 概要 | 目的 |
| ① 台帳と現物の照合 | 台帳(帳簿)の記載内容(資産番号、設置場所など)に基づき、該当の現物(資産)が、記載された場所に存在するか、資産タグが一致するかを確認します。 | 帳簿から現物へ: 帳簿上の資産の所在を確認。 |
| ② 現物と台帳の照合 | 逆に、各部門を巡回し、そこに存在するすべての現物(特に資産タグが貼られているもの)を確認し、その資産番号が台帳にもれなく記載されているかを確認します。 | 現物から帳簿へ: 記載漏れがないかを確認。 |
| ③ 状態の確認 | 現物の物理的な状態(稼働しているか、破損していないか、遊休状態でないか)を確認し、台帳に備考として記録します。 | 資産の健全性と利用状況の把握。 |
| ④ 差異の記録と報告 | 台帳と現物の間に差異(所在不明、除却漏れ、計上漏れなど)が発見された場合、固定資産実査表などにその内容を詳細に記録し、管理職へ報告します。 | 会計修正の基礎資料とする。 |
3. 実査後の是正処理
実査で発見された差異に基づき、以下の会計処理を行います。
- 所在不明・紛失の場合: 帳簿から除却(または除却損として処理)します。
- 除却漏れの場合: 適切な除却日に遡って除却処理を行います。
- 計上漏れの場合: 直ちに資産台帳に登録し、正しい取得価額で減価償却を開始します。
- 遊休資産の場合: 資産を遊休資産として扱い、減価償却の停止など、税務会計上の適切な処理を施します。
4. 効果的な実査のためのポイント
- 抜き打ち実査: 実査を計画的に行うだけでなく、抜き打ちで実施することで、担当者による不正な持ち出しや私的利用の抑止力を高めます。
- 独立性の確保: 資産を利用している部門や管理している担当者とは別部門の担当者(経理部門や内部監査部門)が実査を行うことで、チェック機能の独立性を確保します。
固定資産の実査は、企業の財務情報の正確性を支えるとともに、経営資源が適切に管理・利用されているかを把握するための重要な経営管理活動です。
📝 (参考)固定資産実査調書(サンプル)
実査調書等のサンプルです。参考としてください。
【固定資産実査調書(実査状況の記録)】
| 項目 | 記載内容例 | 備考 |
| 書類名 | 固定資産実査調書(〇〇年度 第〇四半期) | |
| 実査実施日 | 令和〇年〇月〇日(〇曜日) | 抜き打ちの場合はその旨を記載。 |
| 実査対象部署 | 経理課、介護課、リハビリ課 など | 実査を行った部門を全て記載。 |
| 実査担当者 | 経理部 〇〇 〇〇(サインまたは押印) | 実施者と、現物確認の立会人を分ける。 |
| 立会人/部門責任者 | 介護課 〇〇 〇〇(サインまたは押印) | 資産の利用部門の責任者。 |
| 実査対象固定資産区分 | 工具器具備品、車両運搬具など | 今回実査を行った資産の主要区分。 |
| — | 実査結果の総括(帳簿と現物の集計) | — |
| 帳簿上の資産数合計 | 115件 | 実査開始前の台帳件数。 |
| 実査により所在確認できた資産数 | 110件 | |
| 差異件数(所在不明・不明物含む) | 5件 |
【詳細:固定資産別 実査記録】
実務上は、固定資産管理台帳を実査記録として用いることがよくあります。
| 資産番号 | 資産名称 | 設置場所(台帳) | 設置場所(実査) | 状態 | 差異の有無 | 差異の内容と原因 | 措置案 |
| 1005 | パソコン(経理部) | 経理部 〇〇デスク | 経理部 〇〇デスク | 稼働中 | なし | 該当なし | 該当なし |
| 3012 | リハビリテーション機器 | 交流スペース | 交流スペース | 稼働中 | なし | 該当なし | 該当なし |
| 5020 | 液晶モニター | 交流スペース | 所在不明 | 所在不明 | あり | 資産タグが見当たらない。部署内で紛失または持ち出しの可能性。 | 除却処理を検討。関係者への聞き取り調査。 |
| 8110 | 応接セット | 事務所 応接室B | 事務所 応接室B | 遊休 | あり | 長期間(1年以上)使用されておらず、埃をかぶっている状態。 | 遊休資産として扱い、減価償却を停止。他部署への転用または売却を検討。 |
| (番号なし) | 大型キャビネット | 経理部 資料室 | 経理部 資料室 | 稼働中 | あり | 現物に資産タグなし。取得価額、時期を調査し、計上漏れの有無を確認。 | 資産台帳へ新規登録(計上漏れであれば)。 |
| 205 | リフト付き車両(送迎用) | 駐車場 No.5 | 駐車場 No.5 | 稼働中 | なし | 該当なし | 該当なし |
【実査所見・原因究明と結論】
| 項目 | 記載内容例 |
| 差異の主な原因 | 所在不明(紛失):1件、遊休資産の放置:1件、資産タグの貼付漏れ(計上漏れの可能性):1件。 |
| 管理上の問題点 | 部署異動時や廃棄時に、固定資産管理部署への連絡が徹底されていない。資産タグの貼付・チェック体制が不十分である。 |
| 結論(会計処理の指示) | 所在不明の「T-5020」については、関係部署からの報告をもって正式に除却処理を行う。遊休資産「F-8110」は減価償却費の計上を停止し、固定資産台帳を修正する。 |
| 再発防止策 | 部署異動や廃棄時には、固定資産管理部署を経由することを必須とするルールを明文化し、全従業員に周知徹底する。 |
この調書の役割
この「固定資産実査調書」は、以下の点で非常に重要です。
- 証拠としての役割: 指導監査や専門的財務監査において、法人(企業)が固定資産を適切に管理していること、そして台帳の修正が正当な手続き(現物確認)に基づいて行われたことを証明する根拠となります。
- 会計修正の命令書: 差異が見つかった際の、誰が、いつ、どのような会計修正(除却、減損、償却停止など)を行うかを明確にする指示書としての役割を果たします。
- 内部統制の改善資料: 発見された問題点(紛失、遊休化、タグの貼付漏れなど)から、資産管理体制の弱点を特定し、再発防止策を講じるための貴重な資料となります。
このサンプルは一般的な固定資産実査調書の構成を示していますが、法人の規模や事業形態、保有する資産の種類に応じて項目を追加・修正してご利用ください。
記事の執筆者のご紹介
著者情報 この記事を書いた人
松岡 洋史
Matsuoka Hiroshi
公認会計士・税理士
社会福祉法人理事(在任中)
スマート介護士 認定経営革新等支援機関
元地方公務員
マツオカ会計事務所 代表 松岡 弘巳
地方公務員として11年の行政事務経験
社会福祉法人会計専門の公認会計士・税理士として20年の実務経験を有する。
専門分野:社会福祉法人会計・指導監査対応、企業主導型保育事業の会計支援・専門的財務監査対応、介護、障がい福祉、保育の各制度に精通。
都道府県・政令指定都市主催の研修講師多数。
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