会計はなぜ成り立つのか──人類の「共有された虚構」と、福祉経営を支える会計制度の深層
■ はじめに
社会福祉法人や企業主導型保育園の経営では、会計は日々の判断から決算、指導監査、助成金の管理まで、組織を支える基盤として機能しています。
しかし「会計がどのような前提の上に成り立っているのか」を考える機会は多くありません。
会計は客観的な数字の体系として見えますが、その根底には 人類が進化のなかで獲得してきた“共有された虚構(フィクション)”という認知の仕組み が存在します。
本稿では、人類の行動原理から始まり、社会制度、企業・会計の成り立ちまでをつなげながら、福祉経営に欠かせない会計の本質を探ります。
この記事は、サピエンス全史に書かれている内容を参考に記載しています。

虚構(フィクション)という言葉の意味する内容は、サピエンス全史にしたがって書いています。虚構=物語と考えるとイメージしやすくなります。
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1. 大規模な協力の基盤としての虚構:認知限界の突破
● 1-1 チンパンジーの限界とダンバー数
社会性霊長類であるチンパンジーは、数十頭程度の集団しか維持できません。
その理由は認知能力の限界で、関係性を個別に把握できる人数に上限があるためです。
この限界は人類にもあり、「ダンバー数」として約150人とされています。
● 1-2 虚構による「見知らぬ人」との協力
にもかかわらず、人類は見知らぬ者同士で巨大な国家、宗教、都市、経済圏をつくり上げてきました。
それを可能にしたのが 共通の“虚構” です。
- 同じ神を信じる
- 同じ国家に帰属する
- 同じ理念や制度に従う
こうした共通物語が、互いを知らなくても信頼し、協力する基盤となりました。
社会福祉法人の施設や企業主導型保育園も、まさにこの「共通の前提」によって運営されています。
2. 社会構造の制度化と正当化:国家・法律・通貨
虚構は単に協力を可能にするだけでなく、社会の制度そのものを形づくります。
● 2-1 政治的権威の正当化
王権神授説や民主主義の「国民の意思」など、権威は物理的に存在するわけではなく、共有された物語によって正当化されます。
同様に、
- 社会福祉法
- 児童福祉法
- 会計基準や指針
- 助成金の交付要綱
- 専門的財務監査の評価基準
これらの制度も、人々の合意によって機能している“虚構の体系”です。
● 2-2 通貨という究極の虚構
紙幣もデータも、本質は「価値があると全員が信じる」という共同幻想です。
補助金・委託費・加算なども、この貨幣的価値を共通尺度とすることで制度として成立します。
3. 会計が依存する虚構:企業と会計のメカニズム
ここから会計の世界へ接続します。
社会福祉法人会計基準、企業主導型保育事業の専門的財務監査――これらの実務も、以下の“虚構”に基づいています。
● 3-1 法人格という虚構
社会福祉法人や株式会社は「法律上、人格を与えられた存在」です。
- 永続できる
- 資産を所有できる
- 契約を結べる
- 責任は限定される
これらはいずれも、自然の摂理ではなく「社会がそう扱うと決めた虚構」です。
この虚構があるからこそ、法人は設備投資や長期事業が可能になります。
● 3-2 会計公準(前提)の虚構性
会計は複雑な現実を整理し、比較可能な情報とするために、以下の前提を“合意”として採用しています。
(1)企業実体の公準(法人実態の公準)
企業や法人そのものと所有者や職員の資産を区別する前提。
この虚構があるからこそ、「企業・法人の成果」を正確に測定できます。
※社会福祉法人では、企業実態の公準を法人実態の公準と読み替えると分かりやすくなります。
法人と個人の資産・負債を区別する前提。
社会福祉法人では、理事長や職員との資金混同は指導監査の典型的な指摘事項です。
(2)継続企業の公準(継続事業の公準)
企業は今後も継続するという前提。
この虚構があるから、資産を取得原価で評価できます。
もし明日清算される前提なら、すべての資産は売却価値で見積もり直さなければなりません。
会計情報の安定性は、この虚構に支えられています。
これにより取得原価モデルが成立し、建物や備品は「使い続ける前提」で減価償却されます。
※社会福祉法人では、継続企業の公準を継続事業の公準と読み替えると分かりやすくなります。
(3)貨幣的評価の公準
会計は「貨幣で測定できるものだけを記録する」という前提の虚構です。
現実の経済には、貨幣では測れない価値が多く存在します。
- 職員の経験
- 組織文化
- 信頼関係
- 地域とのつながり
- 利用者の満足度
しかし、これらは貨幣で客観的に評価することが難しいため、会計上は原則として記録しません。
その結果、会計は扱う情報を“あえて限定する”ことで、比較可能性と客観性を確保してきました。
貨幣で統一して評価するという虚構があるからこそ、
- 異なる法人同士を比較でき
- 時期をまたいだ業績評価ができ
- 数値に基づいた意思決定が可能になる
という会計の機能が成立します。
もし貨幣的評価の公準がなければ、会計は主観的な価値評価に左右され、現在のような共通言語としての役割を果たすことはできません。
● 3-3 複式簿記の「形式的真実」
複式簿記はすべての取引を
借方=貸方
で記録し、貸借対照表は
資産 = 負債 + 正味財産(純資産)
となります。
これは自然法則ではなく、人類が合意したルールです。
しかしこの虚構が、財務の信頼性と監査の前提を支えています。
■ 結び:福祉経営と会計をつなぐ“見えない前提”
社会福祉法人も企業主導型保育園も、制度の上で運営されています。
そして制度はすべて、人類の「共有された虚構」に基づいています。
- 法人格
- 会計公準
- 貨幣的価値
- 複式簿記の整合性
- 補助金制度
- 財務監査の基準
これらはすべて、社会が“共通の前提として信じているもの”です。
会計を理解するとは、数字の裏側にあるこの“合意の仕組み”を理解することです。
この視点は、財務の安定だけでなく、監査対応、法人運営、意思決定においても確かな土台となります。
記事の執筆者のご紹介
著者情報 この記事を書いた人
松岡 洋史
Matsuoka Hiroshi
公認会計士・税理士
社会福祉法人理事(在任中)
スマート介護士 認定経営革新等支援機関
元地方公務員
マツオカ会計事務所 代表 松岡 弘巳
地方公務員として11年の行政事務経験
社会福祉法人会計専門の公認会計士・税理士として20年の実務経験を有する。
専門分野:社会福祉法人会計・指導監査対応、企業主導型保育事業の会計支援・専門的財務監査対応、介護、障がい福祉、保育の各制度に精通。
都道府県・政令指定都市主催の研修講師多数。

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