借入(借財)の承認手続き|理事会決議と専決、そして「多額」判断の実務ポイント(借入の手続きは適正に行われているか)
はじめに
社会福祉法人における「借入(借財)」は、
法人運営に大きな影響を与える重要な業務執行です。
社会福祉法では、
“多額の借財” は理事会が必ず決議しなければならない事項
と定められています。
一方で、
多額でない借財は、定款細則や専決規程の定めにより、理事長等が専決することも可能
となっています。
本記事では、
法令 → 実務 → 判断基準 → 書類チェック
の流れで、借入の承認手続きを分かりやすく整理します。
本記事は、社会福祉法人会計を専門とする公認会計士・税理士が、法令や厚生労働省の通知に沿って、実務で起こりやすい論点を解説しています。
🟦 「ホームページ利用上のご注意について」
https://office-matsuoka.net/goriyouchui
-2-1024x417.jpg)
-1024x417.jpg)
1.借入は「業務執行」|原則は理事会が意思決定する
社会福祉法人の業務執行に関する意思決定は、原則として 理事会 が行います。
そのうえで、法人は
- 定款細則
- 専決規程
等により、業務執行の一部を理事長や業務執行理事に委任(専決)できます。
ただし、すべてを委任できるわけではありません。
2.理事会が“絶対に委任できない事項”に「多額の借財」が含まれる
社会福祉法 第45条の13では、理事会が委任できない事項を明確に示しています。
その中に “多額の借財” が含まれています。
(社会福祉法 第45条の13 第4項)
理事会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を理事に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
ほか(略)
▼ 結論
- 多額の借財 → 理事会決議が必須
- 多額でない借財 → 委任(専決)が可能
- ただし、法人に理事長等の権限を定める規程(定款細則や専決規程等)に明記がなければ “全件が理事会決議” になる
3.専決可能かどうかの実務判断(重要)
借財を専決できるかどうかは、次の2点で決まります。
① 定款細則・専決規程に「借財の専決範囲」が定められているか
- 借入金額の上限
- 目的(運転資金のみ等)
- 期間(短期借入等の限定)
などが明確に規定されているかを確認します。
② 規程に定めがなければ、全ての借財は理事会決議
実務で最も多い誤りはこれ。
✔ 専決規程に “借財” に関する条文が無い → 額に関係なくすべて理事会の承認が必要
4.「多額」の判断基準|法令に基準はなく、総合判断が必要
社会福祉法には「借入はいくらから多額になるか」の基準はありません。
そのため実務では、
「会社法の判例」を参考に総合的に判断してみます。
(私見であり、厚生労働省や所轄庁の見解ではありません。)
▼ 多額かどうかを判断する要素(総合判断)
| No | 判断要素 |
|---|---|
| ① | 借入金額そのものの大きさ |
| ② | 法人の総資産に対する割合 |
| ③ | 経常増減差額に対する割合 |
| ④ | 借入の目的(施設整備・運転資金等) |
| ⑤ | 法人としての従来の取扱い |
| ⑥ | その他個別事情 |
✔ 金額が小さくても、財務状況によって「多額」と判断されることもあります。
5.判断に迷ったときの実務対応
迷うケースでは、次の対応が実務的です。
| No | 対応策 |
|---|---|
| ① | 予め所轄庁に相談して指示を仰ぐ |
| ② | 専決規程に「専決できる借財の範囲」を明確化しておく |
専決規程の整備は、指導監査でも高く評価されるポイントです。
6.「借財」として扱われる範囲(実務上の注意)
借財とは、単なる借入(銀行融資)だけを指すわけではありません。
実務では、次のようなものも「借財」に該当する可能性があります。
- 約束手形の振出し
- 債務保証・保証予約
- ファイナンスリース
- デリバティブ取引(為替予約等)
借入契約だけでなく、法人が金銭債務のリスクを負う取引全般が借財になり得る点に注意が必要です。
「借財」とは、金銭消費貸借による借入れのほか、社会通念上それと同視すべき金銭債務負担行為を指す。具体的には、銀行融資等の借入れはもちろんのこと、約束手形の振出し、債務保証、保証予約、ファイナンス・リース、デリバティブ取引等が「借財」に含まれ得る。
出典:「取締役会付議事項の実務」より
7.借入の手続きを行う際に整えておく書類
借入に関する手続きで最低限整えるべき書類は次のとおりです。
| No | 書類 |
|---|---|
| ① | 定款 |
| ② | 定款細則・専決規程 |
| ③ | 理事会議事録(承認が必要な場合) |
| ④ | 決裁権限者(理事長等)の決裁書(専決の場合) |
| ⑤ | 金銭消費貸借契約書などの契約関係書類 |
| ⑥ | 借入金明細書(附属明細書) |
8.実務チェックリスト
- 借入は専決可能か? → 規程に定めがあるか確認
- 専決規程が無い → すべて理事会決議が必要
- 多額の借財かどうか、総合判断で検討したか
- 該当する場合は必ず理事会議事録を作成
- 借入の目的・金額・返済条件を記録に残しているか
- 所轄庁への相談が必要なケースでは、借入の前に連絡したか
参考条文
取締役の権限(理事の権限の参考)
(取締役会の権限等)
会社法より
第三百六十二条
4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
参考になる判例
東京地裁平成 9 年 3 月 17 日判決
「商法二六〇条二項二号に規定する多額の借財に該当するか否かについては、当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益等に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断されるべきである。」
判例を、社会福祉法人の表現に置き換えてみましょう。
上記の判例を社会福祉法人の表現に置き換えてみます
多額かどうかの判断は、借財の金額(借入金額)、法人の総資産や経常増減差額に占める割合や、借入の目的、法人における従来からの取扱い等の事情を総合的に勘案する必要があります。
関連する記事はこちらです。
- 法人運営・指導監査の準備の記事の一覧はこちら
記事の執筆者のご紹介
著者情報 この記事を書いた人
松岡 洋史
Matsuoka Hiroshi
公認会計士・税理士
社会福祉法人理事(在任中)
スマート介護士 認定経営革新等支援機関
元地方公務員
マツオカ会計事務所 代表 松岡 弘巳
地方公務員として11年の行政事務経験
社会福祉法人会計専門の公認会計士・税理士として20年の実務経験を有する。
専門分野:社会福祉法人会計・指導監査対応、企業主導型保育事業の会計支援・専門的財務監査対応、介護、障がい福祉、保育の各制度に精通。
都道府県・政令指定都市主催の研修講師多数。

ホームページの各記事や事務所サービスのご案内
よく読まれている人気の記事(カテゴリー別)
- 社会福祉法人・企業主導型保育事業の質問と回答はこちら
- 社会福祉法人の役員(理事・監事)と評議員に関する手続き・監査指摘事項への対応はこちら
- 社会福祉法人会計で用いる勘定科目を科目ごとに分かりやすく解説はこちら
- 企業主導型保育事業の専門的財務監査の評価基準の解説はこちら
- 有料動画で学ぶ福祉の会計や経営はこちら
マツオカ会計事務所作成の書籍・動画・規程
20年間の社会福祉法人・福祉事業者の支援と、11年間の地方公務員の行政事務で培ったノウハウを 書籍・動画・規程 として公開しています。
ご自身で学び、法人内で活かせるコンテンツをご用意していますので、ぜひご覧ください。
▶ マツオカ会計事務所が提供する書籍・動画・規程まとめページを見る
出版中の書籍

よかった。ありがとう。読んだ人が幸せでありますように。





